真下 一策,石垣 尚男,遠藤 文夫
卓球は連続する非常に速いラリーのなかで,多様な球種にたいして敏速かつ的確な対応が求められる競技である.このため,いわゆる眼が良いことは卓球選手に求められる能力の 1 つである.しかし,この場合の眼は単に視力の良さのみでなく,動作の素早い把握や,瞬時の知覚能力,距離感覚といった,いわゆる「視る能力」の総体であることはいうまでもない.
このような視点から卓球選手の視る能力(以下,スポーツビジョン)の研究に着手した.平成 5 年度の日本体育協会スポーツ医・科学研究報告には,卓球選手は他のスポーツ選手と比較して, DVA 動体視力に優れているが,眼と手の協応動作が劣っていることを報告した.平成 6 年度の同報告では,強化指定選手(以下,強化選手)とユース選手の比較を行い,ほとんどのスポーツビジョン項目で,強化選手が優れていることを報告した.しかし,強化選手が 3 名,ユース選手が 9 名と少なく明確な結論は得られなかった
そこで今回は,スポーツビジョンからみた卓球選手の競技特性を明らかにするために,平成 7 年度の強化選手 11 名(男子 5 名,女子 6 名)と関東大学学生卓球リーグに所属する選手 86 名(男子 45 名,女子 41 名)の比較を行った.
平成 5 年度, 6 年度の報告と同様に,東京メガネスポーツビジョンセンターで計測を行った.スポーツビジョン項目の測定も同様に以下の 8 項目である.
測定結果は,実測値とともに,これまで東京メガネスポーツセンターで測定したスポーツ選手の結果を基準とした 5 段階の相対評価で測定した.
表 I-1 は強化選手 11 名と,大学選手 86 名の平均と標準偏差である.強化選手と大学選手では平均年齢で 6 歳,キャリアで 7 年の差があった.強化選手のキャリアは最短で 11 年,長いもので 27 年という幅があった.メガネあるいはコンタクトレンズで矯正している選手は強化選手 2 名(18%),大学選手 31 名(32%)であり,強化選手の矯正率は低かった.また,強化選手の平均視力は 1.36 で,大学選手より優れていた.
>図 I-1 は,両群の結果を大学選手を 100 として表したものである.眼球運動には両群に差がなかったが,他の 7 項目すべてで強化選手の方が優れた結果であった.統計的な有意差は DVA 動体視力と,眼と手の協応動作にあった(Wilcoxon の U 検定).
図 I-2 は,男子強化選手と男子大学選手を比較したものである.強化選手が 5 名と少ないため平均としての比較は適当ではないが,すべての項目で強化選手が優れており,特に,深視力, KVA 動体視力,静止視力の差が顕著である.同じく,図 I-3 が女子である.平均値としてみたとき,大学選手に比べて優れているのは KVA 動体視力であり,他の項目ではむしろ大学選手の方が優れた結果となっている.
以上は両群の平均値としての比較であった.個人の能力として強化選手と大学選手には違いがあるだろうか.各 8 項目をスポーツビジョンセンターの 5 段階の評価基準に適合させ, 40 点満点での得点分布を表したものが図 I-4 である.強化選手には 40 点満点で 39 点(男子,遊沢選手), 36 点(男子,渋谷選手というほぼパーフェクトな得点を出した選手がいる. 39 点は東京メガネスポーツセンターでこれまで測定したスポーツ選手の中で最高記録である.
また, 19 点は小山選手(女子)である.小山選手は,前年度における結果も 18 点であった.小山選手の場合,言葉の理解力から他の選手と同じレベルで比較できないと判断されるので,参考値として扱いたい.小山選手をのぞく強化選手はいずれも 25 点以上であり,大学選手の平均(25.1 点)より全員高い得点をとっている.また,大学選手のなかで平成 7 年度の関東大学ランキング(シングルス) 32 位以内に入った選手 8 名,および新人戦 2 位, 5 位の各 1 名の得点は,いずれも 25 点以上であり,平均で 28.4 点と高い得点であった.いいかえれば,これらの結果は少なくとも 25 点未満の選手には,優れた選手がいないことを示唆するものとなっている.
動くものを明視する動体視力がいいことは,ボールのスピン,多様な変化,コースを見抜くために求められる眼の能力である.男女強化選手に共通した特徴である KVA 動体視力, DVA 動体視力がよいという今回の結果は,卓球選手の適性の一つに動体視力があることを示唆するものである.
また,平成 5 年度の結果では眼と手の協応動作が他のスポーツ選手と比べて劣っており,これは卓球の競技特性によるものと推測した.しかし,今回の結果で,強化選手は男女とも眼と手の協応動作が大学選手より優れていることが明らかとなった.このことは,卓球のトップレベルになるには,眼と手,すなわち眼からの入力と身体の反応がうまく対応できているという,スポーツ選手にとってもっとも基本となる部分で優れていなければならないことを示唆するものである.
卓球選手の競技適性は様々な方面から捉えるべきものであろう.視る能力が卓球の適性すべてではないことは言うまでもない.しかし,過去 3 年にわたる調査から以下のような点が明らかになった.
視る能力として上記を備えている選手であるか否かをもって,卓球選手としての適性が推測できると思われる.